ジェロの衝撃!

演歌歌手ジェロの人気が爆発中です。一見すると、アフロ系ヒップホップの歌手に見えるジェロですが、その歌声、発音は日本人そのもの。歌を聞いているだけだとまるで日本人演歌歌手です。いえ、ジェロの心は日本人以上に日本人なのだと思います。だって、ジェロの心の中にはいつでも日本人のおばあちゃんの魂が生きているのですから。
私がジェロの存在を知ったのは、テレビの年末特番「未来報道2007・ニッポン・新HERO伝説 」でした。演歌を熱唱するジェロを見たときは、ほんとに鳥肌がたちました。なにしろ、ジェロの口からヒップホップがでてくると思ったその瞬間に、こぶしの効いた演歌が出てきたのですから。まず、不意をつかれて思わず見入ってしまった直後にジェロの圧倒的歌唱力に感激して、一気にファンになってしまいました。ほんとに、衝撃を受けたという感じです。 ジェロの歌は、アメリカンブルースとジャパニーズ演歌のコラボと言えるかもしれません。今まで、アメリカンミュージックしか聞かなかった人たちが、演歌に興味をもち始めているそうですから、日本の音楽マーケットをジェロが変えてしまうのかもしれませんね。
CDデビューは2月20日、歌は演歌の海雪(うみゆき)、楽しみですね。そんなJeroの夢は、ずばり「紅白出場」だそうですが、ジェロならきっとその夢を叶えることができると思います。ぜひ一緒に応援したいです!ところで、ジェロの好みの女性は釈由美子さんだそうです。「(テレビで)何回見ても、綺麗な女性だな〜」と思っているとのこと。意外な国際カップルが誕生するかもしれませんね。

演歌歌手ジェロと故郷ピッツバーグ

注目の演歌歌手ジェロは、1981年9月4日アメリカペンシルバニア州ピッツバーグ生まれの、アメリカ人演歌歌手です。学歴は、なんと名門ピッツバーグ大学情報科学科で、ジェロは演歌歌手になる前は、優秀なコンピュータエンジニアだったんです。
因みに、ニューヨーク、LA,ボストン、SF、シカゴなどは知っていても、ピッツバーグを知っている人は少ないかも知れません。ジェロの故郷ピッツバーグは、一昔前まで世界最大を誇った製鉄会社「U.S.スティール」の本拠地で、世界の製鉄業の頂点に君臨していた「鉄の街」なんです。往年の「鉄の街」はこれからは、「ジェロの街、ピッツバーグ」と言うことになるかもしれませんね。
さて、ジェロのデビュー曲「海雪」は、作詞・秋元康、作曲・宇崎竜童による、本格的演歌ですから、日本で初めてのアフリカ系アメリカ人演歌歌手になります。ジェロの母方の祖母が日本人で、父方はすべてアフリカ系米国人で、いわゆるクオーターになります。横浜出身で横須賀に住んでいた祖母がアフリカ系アメリカ人で兵士だった祖父と結婚し、生まれた女の子がジェロの母親というわけです。その後ファミリーはアメリカに帰り、81年9月にジェロが誕生しました。

日本人のおばあちゃんとジェロ

小さい頃に大好きな祖母のそばで聞いていたのは、美空ひばりの歌でした。日本人の血をひくジェロが美空ひばりの歌にひかれていったのは自然なことだったのでしょう。「見た目、全部ヒップホップ」のジェロですが、ヒップホップ歌手になろうとは全然思わなかったそうです。演歌と日本語に興味をもったJeroは、15歳の時に「日本語スピーチ大会」に参加するために来日します。そして、ジェロが演歌歌手になる決心をしたのは、学生時代の日本での短期留学の時でした。因みに、この留学先が関西外語大だったせいで、ジェロの日本語は大阪弁です。綺麗な日本語を話しますが、頭の中で一生懸命切り替えているそうです。
ピッツバーグ大学を優秀な成績で卒業したジェロは2003年に日本に住み始め、コンピューターエンジニアの仕事をしながら、演歌歌手になるための活動を始めます。なんと来日して2ヵ月後にはNHKのど自慢に出場して、鐘をならしたそうですから、ジェロはやはり才能がありますよね。そいて、デビューのきっかけになったのは、2005年の坂本冬美主催のカラオケ大会でした。ジェロはここで準優勝し、ビクターエンターテインメント大阪のスカウトがジェロの魅力に注目したわけです。デビュー曲「海雪」は、作詞・秋元康、作曲・宇崎竜童によるものですが、こ存知の通り秋元康氏の代表曲はジェロの敬愛する美空ひばりの「川の流れのように」、そして作曲はあの宇崎竜童氏ですから、ビクターエンターテインメントのジェロにかける意気込みがわかると言うものです。日本の演歌シーンだけでなく、ミュージックシーンを変えるジェロを応援していきたいと思います。

Copyright © 2007 ジェロ、演歌の申し子が「海雪」でデビュー